環境問題を世界史的な視点から見るなら、
そのスタート地点はイギリス産業革命である、ということはお話しました。
それでは日本はどうなんでしょうか?
日本には環境問題など存在しない? そんなことはありませんよね。
特に都会に暮らす子供なら、いろんな環境問題に出会っていると思いますよ。
「光化学スモッグ注意報が発令されました・・・・」
なんて、夏になるとよく聞きますよね。
あれを聞いたらすぐさま外に出て、深呼吸するといいですよ・・・・ってウソです。
吸っちゃダメです。体に悪い。
さて。
じゃあ日本ではいつごろから環境破壊が問題になってきたのでしょう?
日本の「公害の原点」と呼ばれる事件が起こったのは何時代でしょうか?
A.弥生時代
B.戦国時代
C.明治時代
D.平成時代
イギリスの産業革命の話を参考にすればわかりましたね?
日本で産業革命が達成されるのはイギリスから遅れること100年以上、
明治時代のことです。
江戸時代に日本は鎖国をしていました。
外国とのお付き合いを制限していたんですね。
だから技術の発展に関するいろんな情報が、入って来づらい状況だったんです。
ということで明治時代になりますと、必死に近代化を進めることになります。
産業の面でも近代化を推し進めるわけですね。
ここで、欧米に負けない国になるためには、経済力もなくてはならない、
簡単に言えば金持ちの国にならなきゃいけないということで、
産業の発展を優先させ、環境の保護なんかは考慮しなかったのです。
そこで起こった事件が、日本の「公害の原点」と言われる、
足尾銅山鉱毒事件です。
栃木県にあった足尾銅山から、汚染物質をどんどん渡良瀬川に捨てたんですね。
渡良瀬川というのは栃木県と群馬県の間あたりを流れて、
「坂東太郎」利根川に流れ込む川です。
とういことは汚染物質は利根川を流れて、関東地方の広い範囲に及ぶことになりますね。
川の水を汚染した物質はさらに土を汚染し、
植物の育たない不毛の土地を広げていきました。
特に渡良瀬川流域の被害が大きかったようです。
土地の被害だけでなく、人体の被害もあったようで、
病気になったり、生まれる前の赤ちゃんが死んでしまったりということが
増えたと言われています。
この公害をなくすために力を尽くしたのが、当時の衆議院議員の田中正造です。
田中正造が国会でいくら呼びかけても政府は有効な対策をとらなかったので、
田中は国会を辞め、天皇に直訴したということでも有名ですね。
その後、田中正造は、この公害をなくす運動のために、
自分の全財産を使い果たしたそうです。
そして、資金を得るために募金を求めて各地を旅している途中に
病気で亡くなってしまったそうですね。
それでも足尾銅山鉱毒事件は改善されず、
その悪意影響は平成の現在でも残っていると言われています。
しかし今時はこんな人いませんよね・・・・

